鳥羽城跡・松ヶ島城跡・松坂城跡(三重県鳥羽市→松阪市)
令和3年12月14日(火)、JR西日本「青春18きっぷ」(1回当たり2,410円)と近鉄「伊勢志摩日帰りきっぷ」(2,500円)を利用して三重県鳥羽市と松阪市にある三つの城跡を探訪しました。
最初に訪れた鳥羽城は、1594(文録3)年、九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆が鳥羽湾に突き出た山上に築いた平山城です。
最大の特徴は鳥羽湾に向けて開く二の丸でしたが、残念ながら今は国道・近鉄鳥羽線・鳥羽水族館になっています。
現在、城の玄関口として国道沿いに三の丸広場公園が整備され、海城だった往時を偲ぶことができます。
本丸からは、鳥羽湾の眺望が楽しめます。
本丸は旧鳥羽小学校の運動場として使用されていたため、北にあった天守台跡は削平されたと考えられます。
ただ、幸いなことに、築城当時とその後の石垣が、本丸の西側に残されています。
築城当時の石垣は、本丸の南にも残されており、水抜き穴も確認できます。
鳥羽城で時間を取ってしまったので、急いで松阪市に移動します。
観光案内所では、担当の方の勧めに従いパワーアシスト自転車を借ります。
最初に訪問するのは、16世紀後半に近江日野からこの地に入った蒲生氏郷(がもううじさと)が整備した松ヶ島城です。現在は農地の中に天守台が残るだけですが、近くで農作業されていた方に聞くと、滋賀県から訪れる人が多いそうです。
今は農地になっていますが、往時は北東部は海だったと考えられています。確かにすぐ北は伊勢湾です。
最後は、蒲生氏郷が、1588(天正18)、松ヶ崎城から移転して築いた松坂城です。
独立丘陵を堀切で分断して北側に築かれた城です。
時間がなくなってしまい、天守台や御城番屋敷へは行けず、辛うじて大手門を通れただけです。
観光案内所でもらったリーフレット「松阪の城跡めぐり」にはたくさんの城跡が掲載されており、本居宣長の奥墓と併せて、パワーアシスト自転車で訪問したいものです。