須磨浦公園・須磨寺(神戸市須磨区)

 令和3年5月9日(日)午後、鶴林寺(加古川市)を拝観した後、須磨浦公園まで移動して源平の遺跡を訪ねます。


 まず、ロープウエイに乗り、須磨浦山上遊園に向かいます。山電「三宮・姫路1dayチケット」(1,560円)で、ロープウェイ(往復920円)とカーレーター(往復350円)にも乗れるので、ずいぶんとお得です。ロープウェイの窓からは、海と山と空と神戸の街並みが楽しめます。


 ロープウェイを降りてからは、「乗り心地の悪さ」(「いもむし」に乗った感じ)が謳い文句カーレーターを利用してみます。


 終点の鉢伏山から少し歩いて旗振山(252.6m)に向かいます。旗振山の名前は、堂島米会所の相場を西国に知らせる旗振り通信の中継地だったことに由来しています。したがって、本来なら東は大阪・南は和歌山・西には小豆島まで見えるのですが、残念なことに黄砂のために霞んでいます。

 


 帰りは、リフトを利用してみました。旗振山は播磨国・鉢伏山は摂津国に属していたので、途中に国境の表示があります。私の子どもの頃から変わらない光景です。

 

 その後、ロープウェイで下り、須磨浦公園を探訪します。
 最初は、清盛の甥の「敦盛塚」です。一の谷の戦の際に熊谷直実(なおざね)に首を刎ねられた場面は、『平家物語』で有名です。高さ5mの大きな五輪塔で、1286(弘安9)年に北条貞時が平家一門を供養するために建立しました。

 

 松林を東に進めば石碑「源平史跡 戦の濱」があります。この碑の裏手にある鉄拐山の東南斜面を「鵯越の逆落とし」だとする説があります。


 途中、平家の滅亡とともに入水した「安徳帝内裡趾傳説地」に寄ります。
 急坂の上にあるので、「逆落とし」を体感できます。

 

 最後は、真言宗須磨寺派本山「須磨寺」(正式には「上野山福祥寺(じょうやさんふくしょうじ)」)に参拝します。
 秘仏・本尊の重文「聖観世音菩薩坐像」は、1169(嘉応元)年に源頼政が寄進したと伝えられています。

 

 境内には、たくさんの源平史跡があります。
 本堂に向かう道の途中にある「源平の庭」では、平敦盛・熊谷直実の一騎打ちの場年が再現されています。庭の手前には与謝蕪村の句碑「笛の音に 波もよりくる 須磨の秋」が立っています。

 

 本堂にお参りした後、少し西に向かうと、義経が敦盛の首と笛を実検した際に座った義経腰掛けの松」と、首実検の前に敦盛の首を洗い清めた敦盛公首洗いの池」があります。

 

 

 さらに西に向かうと、敦盛の菩提を弔う五輪塔が建てられています。解説板には、こちらは「首塚」で、須磨浦公園の「敦盛塚」には胴体が埋められているそうです。五輪塔の大きさだけを比べれば納得できる説明です(笑)

 

 須磨浦公園駅から月見山駅まで二駅分を歩き、途中で急坂を上り下りしたので、さすがに疲れました。 

2021年05月09日|歴史:中世|兵庫県:その他