奈良博「大安寺のすべて」・大安寺・羅城門跡(奈良市)
令和4年4月30日(土)、奈良博「大安寺のすべて」を観覧しました。
大安寺の沿革は、舒明天皇(天智・天武天皇の父)が建立した日本最初の官寺「百済大寺(吉備池廃寺跡)」→高市大寺(ギオ山西遺跡(雷丘の北西))→大官大寺(藤原京)まで遡ります。
平城京に移転した際は、26万㎡の寺域に90余の堂塔が並ぶ大寺院でした。
今回の展覧会には、今も大安寺に伝わる9体の仏像(重要文化財)が出陳されています。
特に、本尊「十一面観音立像」は100年ぶりの寺外公開ですが、展示期間は前期のみで、後期は馬頭観音立像と入れ替わります。
楊柳観音立像は、観音であるにも関わらず少し怒った表情です。
普段は、なら仏像館で展示されている重文「虚空蔵菩薩坐像」(額安寺(大和郡山市)が文化庁に売却)も、こちらで展示されています。
ただ、音声ガイドによると、左足を踏み下げているなど虚空蔵菩薩の儀軌に従っておらず別の仏の脇侍だった可能性が高いそうです。
観覧後、大安寺に移動します。
かつての南門は高さが20mもあり、平城宮跡「朱雀門」と同じ大きさでした。
寺域は最盛期の4%に減少していますが、東西に残る七重塔の基壇が往時を偲ばせます。
馬頭観音立像は嘶堂(いななきどう)におられます。眉をひそめた憤怒の表情が印象的です。
このお堂で、天平伽藍復元CGも体験できます。
他に誰もいなかったので、徒歩と空中、両方を存分に体感することができました。
北の旧境内には、全長154mの前方後円墳「杉山古墳」があります。5世紀後半の築造で盾形周濠がありましたが、奈良時代に埋め立てられました。
また、前方部南西は大きく削られ、大安寺の瓦窯跡6基が築かれました。
杉山古墳から出土した大型の家形埴輪は、奈良博「大安寺のすべて」に出展されていました。
大安寺の拝観後、天気が良いこともあり、南西にある羅城門跡(平城京の入口)まで歩きました。
羅城門跡から北を見れば、遠くに平城宮「大極殿院『正殿』」が見えます。
足を延ばし過ぎたので、本来の目的である啓林堂書店奈良店「倉橋みどりさんのミニトーク&サイン会」の開始に少し遅れてしまいました。