桜井市観光協会「わくわくドキドキ 大和桜井の古墳探訪!」

 令和4年11月27日(日)、桜井市観光協会「わくわくドキドキ 大和桜井の古墳探訪!」に参加しました。今回の「浅古(あさご)周辺の古墳探訪編」で7回目となり、回を追うごとにマニアック度を増しています。案内は桜井市文化財課長の橋本輝彦さんです。


 最初に訪ねるのは、5世紀末~6世紀初頭に築造された全長50mの前方後円墳「兜塚古墳」です。


 西の後円部には本来の埋葬施設があったはずですが、発見されていません。
 一方、前方部には阿蘇馬門石の刳貫式家形石棺が露出しており、盗掘口から蓋石の内側を見るとピンク色が確認できます。

 


 次に訪れるのは、7世紀前半に築造された一辺26mの方墳「秋殿南古墳」です。


 裏側の草が刈られているので大きな掘割が確認でき、鳥見山南麓の尾根を造成した大工事だったことが分かります。
 橋本さんからは、“横穴式石室に入って喜ぶだけでなく、墳丘がどのように造成されたかを理解することが重要”と説明があります。


 玄室は大型石材の2段積み・羨道は1段積みで、終末期古墳であることが分かります。


 「こうぜ1号墳」は、6世紀後半に築造された全長50mの前方後円墳で、前方部と後円部に石室があります。
 後円部にある西石室は全長10.9mで、長さ5.4mの玄室に入るには土砂が流入して低くなった長さ5.5mの羨道を這って進む必要があります。


 前方部にある東石室は全長9.9m(玄室4.7m・羨道5.2m)と少し小さく、西石室と同じ石工集団によるものです。


 なお、この古墳は橋本課長が必死で事業者を説得して破壊を免れたもので、墳丘から北を見ると危機的な状況にあったことが理解できます。


 「伊丹宮古墳」は、橋本課長も今回の古墳探訪で初めて入る古墳だそうです。


 直径15mの小さな円墳ですが、背面の尾根を大幅に削平していることから、下から見ると50m程度の大きな古墳として認識されるそうです。墳丘の大きさだけでなく周辺の造成状況を見ることが重要だと体感できます。


 石室の羨道は半壊しており、玄室の長さ3.75m・幅2.33m・現在の高さ2.53mです。


 「舞谷2号墳」は、榛原石をレンガ状に加工して漆喰で固めながら積み上げた磚積式石室です。当時の漆喰の塊も残っています。


 舞谷古墳群は鳥見山山麓の小さな尾根ごとに1基ずつ築かれており、裏に回ってみると尾根を切って造成したことが理解できます。


 昼食後は、桜井市が誇る赤坂天王山古墳を素通りして、直径13~18mの円墳「カタハラ1号墳」に向かいます。今回の隠し玉で、特別に石室を見学できましたが、今は崩壊を防ぐために内部に土嚢を積んで閉鎖されています。


 全長6.4mの石室の特徴は石積みにあり、奥壁と側壁の取り付き部分は①下半分は直角に接続、②上半分は隅角を消すように積む隅三角持ち送りとなっています。前壁と右側壁の取り付きも同様で、天井の面積が非常に小さくなり長楕円形に見えます。窮窿(きゅうりゅう)状横穴式石室と言うそうです。
 二度と入れない石室の中で、平成11年に発掘調査された橋本課長から直々に説明を受けると言う贅沢な時間が過ごせました。

 


 今回の隠し玉・超目玉はカタハラ1号墳でしたが、伊丹宮古墳で周辺の造成状況の重要性を再認識するなど、古墳の奥深さを体感した一日でした。

2022年11月27日|古墳:円墳, 前方後円墳, 方墳|歴史:古墳時代|奈良県:その他